わたしは、恋人にして実の弟・誠二(せいじ)を連れて、「セージ」のいる朽ち果てた山小屋の前に辿り着いた。
明らかな死臭ではないが、何か薬品や生物の鼻持ちならない匂いが漂った。
『青治(セージ)のヤツ、マジで頭おかしくなってんだな。
いや…俺だって人の事は言えねえけどさ…』
『ううん、貴方は、れっきとした病気だったの!
処置すべき一時的な脳内物質の乱れが異常感覚を引き起こしていただけ。
誠ちゃん、貴方は薬によって治癒した元病人なんだから、気にしないで。
セージは明らかに平常心で異常な行いをしてるんだから』
『…わかったよ、ありがとうrico。
お前、気にしすぎなのさ、無理解だからキツい事言ってたーってな』
『…うん、ごめん…』
わたしの胸はちくりと痛んでいた。
精神的には人一倍頑健で…同時にそんな病気なんか思い込みぐらいにしか思わなかった。
単なるわがままや発狂だと決めつけてたわたしに、精神病の正しい知識を教えてくれたのは、他ならないセージだった。
悪化した病の中、間違った対処で最愛の弟の弱った姿を否定し、深く傷つけてしまったのではないか─。
後になってその咎に苛まれ続けたわたしが気持ちを打ち明けると、セージは誠ちゃんとわたしをフォローしてくれた。
…セージ…これだけは、借りよ。
今はもうわたしでもセージでもなくて、誠ちゃんの為だけだけれど。
『…俺は、大丈夫だよ』
わたしの実弟にして深く深く愛し合っている誠二は、呟くように言って、腐りかけたドアノブに手をかけた。
『ようこそ』
そこには、まるで監視していたかのように、背を向けて椅子に座ったセージが居た。
『セージ…!』
今のセージを初めて目にする誠ちゃんを後目に、私は殺気だった声で威嚇する。
…が、その刹那。
どこに潜んでいたのか不気味な女…の形を模した生物がわたし達の前に立ちはだかる。
何が何だか把握する間もなく、針のような物が皮膚を貫通する痛みが走った。
『あ…あんたは…!? セージ、これは何なの!』
『くくっ…君達の為に造っておいた。
「スコルピオ」、蠍をベースにした、可愛いボディガードだよ』
『何よ、それ…狂ってる!! まさか本気でそんなものが造れるとでも…』
食ってかかるな否や、鈍く重い…何かが床に崩れ落ちる音が、背後に響いた。
…振り向けなかった。
何が起こったか…解っていたから…。
信じたくなかったから…。
『ふふ、ほらrico。
君の可愛い可愛い弟が神経毒で倒れて苦しんでいるよ、可哀想だね、見てやりなよ?』
『…うるさいっ!!』
憎い。
憎い…!
このゲジ野郎に殺虫剤を頭からぶっかけてやりたい!
でもそんな思いも叶わなかった。
わたしの身体からも…力が抜けていく。
床に膝をつくと、スコルピオとか呼ばれたおぞましい蠍の女…を模した「モノ」がわたしの手足を拘束する。
やめて! お願いだから!
どうかそいつを一発でいい、力一杯殴らせて!
そしてセージは拘束された私の首輪を掴んで壁際に、更に倒れた誠ちゃんの頭を掴んで部屋の真ん中に引きずり出す…。
ああ、やめて、やめて…どうか誠ちゃんだけは!!
セージ!
この身に自由があったら、ひ弱なあんたなんか…絞め殺してやる。
悔しくて悔しくて噛み締めた唇は血の味がした。
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