第十七話『邂逅』


 海優は頭がごっちゃになって帰り道も無視して駆けていた。
(なんで…小鳥遊クンが…なんで…!?)
 夕闇の中、とめどなく涙が流れ出た。
 返り血を浴びて笑う小鳥遊。 石畳に転げ苦しむ同じ学校の女生徒。
 その娘は救急で治療を受けている最中だ。
 海優はショックが大きく、帰るよう勧められた。

『どうしたの、お嬢さん』
 そんな中、からかうような、心配するような、大人の女性が背後から話しかけてきた。
『いえっ…なんでもありませんからっ』
 海優はもろに涙声で答えた。 女性はふぅと溜め息をつく。
『なんでもない訳無いでしょう』

『私は、魔女のイスカ。
 あなたから感じるものが解るのよ。 信じるかは自由だけどね』
『魔女?』
 海優は涙をぬぐいながら振り返る。
『あなたの状態は今、邪悪なモノに魅了されかけている…そんな所かしら。
 事実は、とても残酷かも知れない。
 最近頻発している事件には人ならぬ人が関わっているの』
『人ならぬ人…!』
 死んだ小鳥遊。 海優は直感で気付いた。
『それはね、駆死者と言って死後も己の為の欲求に動くもの─』
『……!! そんなっ…嘘です!』
 連続猟期殺人の犯人は小鳥遊だと言うのか。
(僕は血が好きなんだ)
 ふっと脳裏に無邪気な小鳥遊の言葉が蘇る。
(いや…っ!!)
 海優は眩暈を起こした。 女は、そんな海優を力強く、優しく受け止める。
『どこか、喫茶店でも入ろうか』

 夕食時に賑わう繁華街。
 海優は茫然自失のまま洒落た喫茶店の椅子に座らされていた。
 促されて注文したのはレモンティーだった。
 そして静かに聞かされる…現代の魔女、情魔、死してなお欲望に「駆」られる、駆死者という忌むべき存在…。
『…駆死者は、伐たねばならない、放っておけば死体に宿った情魔は死体と融合し、ひとつの化け物になる…』
『!! 小鳥遊クンを…』
『自然の節理に反している』
『…確かに私、起こった事件には毎回とても怖い思いをしてました。
 でも、その度、彼は私をなだめてくれて…屈託の無い笑顔で励ましてくれて…』
『残酷なようだけれど…その子とは生前から仲が良かったの?』
『いいえ、その…自殺未遂をして…未遂じゃなくなった後からです』
『ふぅん、珍しいケースね…』
 イスカは一瞬口元に手をあてがい考え込んだ。

『ともかく、「彼」の犯した大罪は許されるものではないし、駆死者となつた者は伐つしかない』
『………』
『この前はしくじったけど、こちらの手の内を知られないように次こそは確実にやりたいの。
 もう「彼」の魔力を感じるられるようにもなったし、今宵もまたふらふら現れるわ。
 もっと…正確に言えば、今夜が期になる、そんな張り詰めた空気よ』
『あのっ…!』
『なに?』
『…じゃあ、その、私も今夜着いていっていいですか?』
『いいけど…「彼」を伐つ瞬間に立ち会う事になるわ』
『はい…でも、見ててあげなきゃいけない気がして。
 私は小鳥遊クンの友達だから』
『そう、強いのね、あなたは』
『そんな事ないです……』
 小鳥遊が好きだから、とは言わずにおいた。



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