第十三話『乱舞』


(はぁ………)

 「彼」は無我夢中で公園に辿り着いた。
 突きつけられた「杭」に感じた底知れぬ恐怖、あれは本能的なものだった。
(あなたみたいなのを総じて駆死者と言う)
(もうどうしようもない化け物なのよ)
(私はそれを伐ちに来た─)
 脳裏に、魔女の言葉がこびりついて離れない。
 霧ならぬ灰と化して逃げおおせた「彼」は、ほどなくして人の形に戻り、ベンチに座ってうなだれていた。
『………』
 3時を回った深夜の公園に、入ってくる者が他にもいた。
(今は一人にさせて欲しいのに…)
 「彼」はそっと目配せした。
 片手に鉄パイプ、もう片手に現金と思しき紙切れ数枚を握り締めた男だった。
 男と言ってもまだ若く、恐らくは自分と同じ高校生であろう。
『血の…匂いがするよ』
 「彼」は男の姿をまともに見ないまま言葉を発する。
 それは事実であった。 男の持つ鉄パイプにはまだ乾いて間もない血が付着している。
 血に魅入られた「彼」だからこそ解るのか、雰囲気から察した憶測なのかは定かではない。
 ともかくその言葉は図星だったらしく男がぎくり、とでも言うべく身震いした。
『うるせえな、今そこで一人殺って来たんだ、テメェにゃ関係ねーだろ!』
『そんな簡単に人は死なないと思うなあ…大した出血じゃないもの。
 人の命を簡単に冒涜するのはよくないよ』
『るせぇ! テメェも殺られてえのか!』
 犯行から間もない男は興奮しきり、ろくに会話もできない。

『ふーん、路上強盗さん…かな』
 「彼」はベンチからゆっくりと立ち上がり、男の方向へ向かった。
『っんだ、テメェはよぉ! 殺すぞ!!』
 わなわなと、鉄パイプが震える。
『あは〜…ホントに今、犯ってきたばっかり』
『オイ、コイツやべえぞ、なんかキメてんじゃね?』
 さらに同じ年頃の少年─こちらはまだそう見える─が半笑いで入ってくる。
『俺ら天下の未成年、何人殺ろうが未来は安泰、ついでにコイツも捻り殺しとこーぜー』
 さらに一人。 合計三人の少年達。
『バカだなぁ、一人の人を殺すのにもそんなに集まらなきゃできないんですかー…』
『っるせぇ!! らあアァッ!』
 鉄パイプの「主犯」ががむしゃらに走り凶器を叩きつける─だが、当たらない。
『僕こういうの大っ嫌いなんだよね、少年犯罪とか虐めっ子とかね。
 サルの出来損ないみたいに感情剥き出しで群れたり吠えたり噛みついたり』
『何やってんだ、とっとと叩っ殺せよォ!』
『テメェしくじったら殺すぞボケがぁ!』
『…お仲間は? 来ないの? 冷たいねぇ』
『らぁ! っるせぇ! るせぇ! っせぇんだよおおー!!』
 主犯、否、使い走りがむちゃくちゃに叫びながら鉄パイプを振り回すが、透けるように「彼」には当たらない。
 そして、突如として血飛沫と共に鉄パイプが飛んだ。
 「彼」がくすりと笑い哀れむように目を伏せて囁く。
『いい加減にしな』
 男の、鉄パイプを握っていた右手の指が全部無くなっていた。
 さらに言葉にならない叫び声があがる。
『ああもう、ホントうるさいなぁ。 こんなに騒ぐと君ら、見つかるよ?』

『決めた、僕、この世にいちゃいけないって言われたけど、それなら正義の死刑執行人になるよ、あはは』
『オイ、どうしたぁ!』
『何やってんだ!!』
 公園の中心に向かって駆けてくる「仲間」。
『やべえ、こいつマジやべえって!』
『なッ、オイおめぇ手どうしたんだよ!!』
『もういいから逃げ─』
 そんな隙も与えなかった。
『社会のクズなら思う存分潰したっていいよねぇーっ!
 悪い子は手から足まで関節ごとにぶった斬るからねー? あは、はははは』
『があああぁっ!』
『ひっ!? ッてぇ! 痛ぇえよおおォ!!』
『ほらほら騒ぐと見つかるよ!
 死ぬのと捕まるのとどっちがいいんだい!?
 僕は死んだ方がいいと思うけどねッ!!』
 三人の不良少年を踊るように「憎悪の刃」で斬りつける「彼」。
 肉片と鮮血が砂に舞い散る悪夢のようなダンスは、少年らが原形を失うまで止む事は無かった。

『クズ共め………』

 ついに人外の烙印を押された「彼」は、ただ惨劇の最中に立ち尽くし歪んだ笑みを浮かべるのみだった。
 自分でも薄々悟っていた気配を他人に宣告された事で、「彼」の中のタガは完全に外れてしまった。
 「彼」は気付く。 もはや自分の躯からは涙すらも枯れ果てている事に。
 ─泣けるものなら、泣いていた。



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