第十一話『追走』
─ここはどこだろうか。
深い森の中のようだ。
その一辺は蝋燭の灯りで照らされている。
灯りの中心には、大きく五芒星が刺繍された、黒く厚い立派な布が地べたに敷かれている。
その敷物の両サイドでは灯された蝋燭と共に香が焚かれ、さらにその真ん中には不可思議な物が置かれていた。
10センチ程の丸い鏡のような物体だが、肝心のレンズは黒曜石か何かのように黒光りしていた。
『魔女の黒鏡(ブラック・ミラー)よ』
簡易的な「祭壇」の正面には、あの銀髪の女が座り込み、真剣な表情でブラック・ミラーなる物と向き合っていた。
女は厳かな仕草で、常に持ち歩いているハンドバッグから、おもむろに短剣を取り出した。
『この魔女の短剣(アサメィ)によって問う…』
女はその、アサメィと呼ばれた凝ったデザインの短剣を、空を切るようにゆっくりとかざす。
そして聞き慣れぬ呪文のようなものを唱え出す。
ほんの小さな囁きが、森中に木霊するかのような独特の雰囲気になり始めた。
『魔女の黒鏡よ─女神ヘカテよ─今我に示せ─忌まわしき者の姿形を─その者の居場所を』
目を閉じて女はブラック・ミラーへ語りかける。
そしてゆっくりと目を開け、ブラック・ミラーを凝視する。 黒い鏡には、何かが渦巻き始める。
(白い…建物のようなものが見える。 病院…ホテル…いいえ、これは学校?
黒髪の…誰かが…これは、学校の男子生徒…?)
常人にはとても読み取る事は不可能なヴィジョンを、女は集中して見つめた。
黒い鏡の中にヴィジョンが映るのはほんの一時である。
曖昧なヴィジョンから欠片のような情報を得、連想し、悟る。
これが魔女術による幻視、スクライイングと呼ばれるテクニックであった。
『………』
女は厳めしい表情で占術(せんじゅつ)を終える。
銀のスプーンを蝋燭の灯に被せて消し、燃え尽きた香を大地に帰した。
(生徒…? 子供に宿った情魔?)
女は身支度を整えると、何事も無かったかのように森から出て行った。
翌日、いつもの岐路─。
海優の表情は曇ったままだった事に、小鳥遊も気付いてはいた。
『小鳥遊クン』
『あ、沖野サン…なに?』
『まただよ、また事件があったんだって…』
『…今度は、外れの方だってね』
『今度は女の子が二人も…仲の良い親友だったんだって。
でも、たまたま別々に帰ったら…』
海優は声を詰まらせた。
(く………)
小鳥遊の脳裏に、あの「被害者」たちの姿がありありと蘇る─芳しい血の香りと共に。
『なんだか街も暗いね』
『うん…当たり前だよ…』
(どうしよう)
(だんだん大事になってきちゃったよ)
(でも、血を求めれば求める程にやめられなくなってく)
(僕は…なに?)
小鳥遊は、また虚空を見つめた。
(これが、僕の願望?)
(死体のまま生き続ける…、いや死んでなお欲求に「駆」られるままの僕…)
『小鳥遊クン…? 具合でも悪いの?』
『あ、うん、ちょっと…』
小鳥遊は目頭を押さえていた。 辛かったのだ。
死せる自分の存在理由は禍々しい欲望と、それを遂行する事。
そんな事は解りきっている。
─海優といるのが、辛い。
『きっ、季節の変わり目で風邪気味なのかも〜…』
海優のフォローも胸にちくりと刺さった。
海優ですら、小鳥遊の躯は冷たく、脈動もない事を解っているはずだ。
あれだけ触れ合っていたのだから。
『そうだね…じゃあ、ここで』
『うん、大事にして』
帰り道、いつもより手前で二人は別れた。
小鳥遊は力なく微笑みを「作った」。
(もう僕には帰る家も無いんだよ)
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