【そして、いつかどこかにて】


 ジェミニ、ご覧。
 ここが君に言って聞かせた夢の世界だよ。
 ほうら、人がいるよ僕以外の人も。
 君は目にするもの全てが初めてのモノばかりだろう。
 紹介するよ、僕の幼なじみで、研究室で再会してからも親友の誠二くんだ。
 それから…こっちにいるこの女性(ひと)が…僕の、好きな人。
 ricoと言うんだ…梨瑚、漢字が難しいから横文字なんだ。
 なんだかフルーツっぽくて美味しそうじゃないかい?
 実はね、親友の誠二は、このricoの弟なんだ。
 僕とそんなに年は変わらないけれど…

 それでも、

 やっぱり友達がいるって、素晴らしい事だと思うんだ。
 特に、幼少期から青年になるまで一緒だったなんて間柄は、どんな宝石なんかより美しくて価値がある。
 …いいや?
 価値とは言うが、どんなに金を積んだって、権力者が欲しったって手に入れられない。
 仲間友達大親友…そして、恋人。
 僕は今夢心地のままに、蒼く柔らかな暖かい日光を窓越しに受けながら、このレポート…いや、既にこれは僕の手記にすぎない。

 ああ、とにかく、ジェミの事を彼女らが受け入れてくれて何よりだ。

 コードネーム『July』。

 この爽やかな朝の夏の風よ! 虫一匹いない光に満ちた居住空間よ!
 ずっとずっと、自分はゲテモノだと貶めて、ヤケになって、徹底的に世間との交流を断ち切った。
 …今にすれば…ほんの6月の間に過ぎなかったのだ…。
 そこで復讐…妨害…呪詛…あらゆる『かつての君たち』を傷付ける方法ばかり考えていた。
 だが、しかし。
 サンプルはもう使い物にならないぐらいに切り刻まれてしまったので足がつかないよう処分した。
 もはや、僕がこんなにも清々しい良い気持ちになるだなんて…ふふっ、ジェミニ。
 これを人間、そして人間の持つ慈愛と言うのだ、覚えておき給え。
 覚えておき給え。
 元は落ちぶれた富豪の別荘だったという、この快適極まる小さな世界。
 聖母のヴェールが如き、かすかにもやのかかったハニー色の光に打たれながら…
 僕は、小さなプランターの中にいるジェミニに意気揚々と話しかけていた。

 ジェミニ…あまりにも完璧すぎたお前。
 お前のような純真無垢の存在が外に出るにあたり、この荒んだ世界にお前が浸食される事を僕は恐れていた。
 でも、お前はお利口さんだ。
 わかっていたんだね…この汚れた世界じゃ生きて行けないと言う事を。
 だからお前は…無に還った。
 無と言っても、ただ原料さ。 僕の体液に可憐な薔薇に小鳥…あとは洒落の遊び道具。
 あの夜、お前は体液をぶちまけ、あっと言う間に『僕のジェミニ』は崩れ去ってしまったんだ。
 僕は泣いた。
 世界でたった独りだけの僕の半身が溶けて無くなってしまったのだから。
 …でもジェミ。
 もしかしたらと、プランターに培養土と一緒に移し替えたら、綺麗な薔薇を咲かせてくれたね?
 だから僕達の絆は、形こそ変わっても続いてる。
 そうさ、僕は…空を見上げればお前の顔を思い描けるし、お前とも喋れる。

 ふふっ、ふっふっふ!

 今日はなんて幸せな…明るい日なんだ!
 僕の人生の中でも、きっと今日が一番幸せなんだ!
 だって、こんな毎日がこれからもこれからもずっと繰り返されるんだ。
 僕は成功したのだ。
 「クローンおよびヒトを対象とした思い出の復旧作業」に。

『おいっ、セージ!
 プールに水が入ったぜ、お前も男なら少しは肌を焼けよ』
『イヤだね。
 僕は遺伝子工学を専攻してるが、それ以前に美学を求める哲学者だ。
 プールで肌を焼く哲学者がどこにいると─』
『何だよ、姉貴だってノってるぜ?
 お前さ、大好きなricoちゃんと水着でイチャつきたくないのかよ』
『ふ…ん、気が変わった』
『あっはっは、やっぱ女だわなー』

 この仲間…正確には僕の手で作り直された者達。
 軋轢も起こさず、ただ、ただ、ありとあらゆる青春と言うものを繰り返す。
 …この閉鎖された別荘の中で。
 僕の追い求めた美学…永遠。
 今、無邪気にはしゃいでいる彼らの思考・細胞成長を止める事に成功した。
 もちろん、ジェミニのように完璧なものはいつか塵に還ってしまう事は確かだ。

 それでも、
 ただ僕は、
 あの頃が欲しかった。
 僕の保身なんかどうだっていい…いつ死んだってかまやしない。
 ここに僕の求めたあの頃がある。
 僕が狂わん程に焦がれ、そして実際に狂い、それでももがき求め続けたあの時の世界。

 きらきらと、陽光が優しい。
 ずっと日陰者だった僕を…許してくれる母さんみたいなあったかい光。

 ご覧、ジェミニ。
 僕は夢を叶えたよ。 こんな惨めな人間になっても、最後まで頑張れたのは君のお陰だよ。
 君の功績…在りし日の姿…みんな綿密に記録をしようね。

 【Geminiに関する資料】。

 (おわり)