【ある科学者からの手紙】


 …随分と久しぶりになった。
 これから書く文章を、きっと君はお気に召さないだろうな。
 だから、好きな所で破って構わない。
 今も変わらず元気にしてるかい? 研究室のメンバーも含めて。
 今日も人々の明日を切り開くために頑張っているかい?
 明るく有望な君の事だ、国の未来は安泰だよ。

 僕は相変わらず静かな山荘で試験官と睨めっこの楽しい日々を送っているよ。
 いつか君は、その愛しく懐かしい声で僕を詰(なじ)ってくれたね。
 遺伝子を…神が作った生命の素を弄ぶな、真面目にやれ、反吐が出るって。
 まあ、確かに君が怒るのも無理は無いよ。 僕のやってる事に社会的価値は無いもの。
 僕だって、最初は薄ら笑いを作って、冒涜を…神を犯す気持ちで楽しんでた。
 どんなに滑稽でグロテスクな、それも生きてる物が作れるかってね。
 ふふ、正確には生真面目な女神様を犯…いや何、怒らせるのが楽しかったかも知れないね。
 おっと、これじゃあまるで未練がましい恋文じゃないか。

 この時点で既に読めないぐらい破られてるかも知れないけれど、僕はね…
 一人こもって、無為な生きものを毎日、毎日数えきれない程作り上げた。
 『種』が上手く発現しなかったヤツは適当に山に捨ててある。
 そいつらや、そいつの死骸が見つかったら一大事になるね、あはははは。
 …あ、まだ破らないで…もう少しで核心に触れられそうなんだ…。
 君が、最低の男と言ってくれた、自分でさえ何のために生きてるのか解らない、僕の答え。
 君は激しく問うた。 なんで遺伝子を、生命の欠片を集めてぐちゃぐちゃに生命を生み出すのかって。
 まだ研究室に居た頃の…君と、愛し合ってた頃の…。
 まだ自分の中に潜むどす黒い奔流を恐れて否定してた頃の僕は、それを言葉にはできなかった。
 ただ薄ら笑いで誤魔化すしかできなかった。 君の平手打ちの感触、まだ覚えてるよ。
 でも、全部の縁を立ち切って、徹底的に自分と向き合った今なら、説明できる。

 …動物、この場合ヒトに限定するけれども、体に腫瘍ができる事があるだろ? しこりってヤツさ。
 僕は発見をしたよ。 結構学術的にもいけるかも知れない、この主張は。
 あのね、ヒトには身体だけでなく、心にも腫瘍ができると思うんだ。
 でもさ、身体の腫瘍は目に見えるけれども、心の腫瘍は「一見」ヒトには見えない。
 …だから…つまり…。
 僕は、追求していたんだ。 「心の腫瘍」を摘出する方法を。
 目に見えないそいつを、どんなにおぞましい腫瘍であるか具現化する。
 そして具現したグロテスクな「腫瘍」を視覚で触れる事によってカタルシスを得られれば…
 それで、心の空洞にどうしようもない病巣がはびこって、生き辛さに苦悩している人が救われる、気がしたんだ。
 君とは物心ついた頃から一緒だったね。
 小さい頃、ふざけてお嫁さんになるなんて言ってくれたっけ。
 君は忘れても、僕は永遠に忘れないよ。 ククク。
 思えば君だけが僕を一人前の人間として見てた。
 …でも僕は悟ってた。 享受してた。 僕は、どこにいても疎外感に包まれていて…。
 先天的に僕の中にはこんなような「腫瘍」が、無数にあった事を。
 試しに同封の試験官を培養してごらんよ、おぞましいものが出てくるよ。
 僕は自分より劣った生物…いや生物未満のものどもに囲まれて自尊心を回復できた。
 人間になれた気がした。 腫瘍の、摘出だって解釈してる。 いいんだ、僕だって人間未満なんだから!!
 試験官から出てくる、虫や生物の破片の塊こそが、かつて君が愛してくれた男の正体なのさ。
 僕の心そのものが奇形だったから…。
 だからこれからずっと、ゲジや百足や団子虫みたいに、暗く湿った世界に生息するよ。
 …でも。
 君は。 こんな人間未満の不具者にさえ光を分けてくれた君は。
 どうか檜舞台で栄光を掴んでほしい。 僕のような陰湿な男の事は忘れて幸せになるんだ。

 最後まで耐え忍んで読んでくれて、ありがとう。
 僕は今幸せだよ。 誰の目も無い山小屋で毎日好きな事をしてる。
 優秀な助手もできたんだ。 僕の最高傑作、僕の愛娘さ。
 ガーネットが原料の深紅の瞳、上手く発現してくれた。 そして薔薇のように可憐。
 ちょうど6月に生まれたから「ジェミニ」と名付けた。 僕と同じ星だよ。
 ほら、写真も同封したから破る前に見たまえよ…人工の少女は美しいだろう?
 …ん? 肉体構成の大部分を占めるヒトDNAはどこで調達したって?
 野暮な事を聞いちゃいけない、僕一人の愛の結晶に決まってる。
 なに、配列をいじれば性別も容姿も自由自在なのさ。
 …あははは。 だから言ったろ! 僕は生まれながらに狂ってるってさ!!
 僕はもう、ジェミさえ居れば何もいらない…ああそうさ君だって。
 …それじゃあ、さようなら。