2006年07月31日
面倒を楽しむ
大友さんと細馬さんと鼎談のときに、作品に到達するまでにプロセスを準備する(または制約を課す)という話をした。これはつまり作品の受動を能動に変換するということであって、幾つかあるねらいのうちの1つは、作品を体験したときに、その人の頭の中で記号化できない(憶測や記憶と照合不能な)状態を準備することにある。たとえば紙媒体やネットでレポやレビューを目にしたとき、たとえば後日ビデオやCDなどドキュメントのメディアを目にしたとき、そこからは抜け落ちてしまう要素こそ、決して記号化できない、もっとも重要な体験要素だということ。
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今年のあたま、サイトで公開したMP3をもう少しだけ良い音で聞きたい人はCDRとペンと紙を返信用封筒で送って下さい、とここで告知してみたところ、送られて来たのは5日で3通だった。あと、これはちょっと違う話ではあるけど、円盤の田口さんいわく、あるCDの初回プレスに不良版が出たのだが、返品は売れたなかでの1割に満たなかったそうな
たとえ試みを面白いとは思っても、面倒や手間に付き合ってくれる人はそうそういないし、観客はそれほど主体性を持ちたがっていないというのも頷ける。でも、面倒を面倒と思わせなければ、楽しめる要素に変えてしまえば、可能性はあると思う
今日たまたま遭遇したスタンプを押して回ってた人に、地図見つけても、目印がマニアックすぎてお店までたどり着けない、と言われた。でもその彼はスタンプをほぼコンプリートしていて、瓶の中で跳ねまわる磁石を見ながら、僕もこういうことやりたいっすよー。とか言ってて
ちょっと嬉しかったりして
投稿者 umedatetsuya : 2006年07月31日 00:00