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2005年11月11日

音楽vsテクノロジー再考

宇都宮さんの所有する膨大な音のライブラリーは増える一方らしい。これは作品毎/必要毎にその必要な用途に応じて音を録り直すからで、『引用した音の素材は作品に記号として存在は出来ても、音として聞こえて来ない』みたいなことを前回7月の「トクサ〜」で話していた。たとえば僕が自分の作品を「音そのものであって記号でない」と言ったとき、実感よりもむしろ主義から発せられた言葉として捉えられることも多いのに対し、宇都宮さんの言葉は、たとえ極論であれ、圧倒的な説得力を孕んでいる。それは、作品の完成までに注がれた膨大な労力と時間、身を以て知る技術的な知識が、思想や哲学を上回るほどの強度として存在するからだ

アフターディナーは噂以上に特異なバンドだった。『グラスチューブ』の制作行程音源(再現含む)を聞きながら、あの複雑な構成の楽曲を録りの段階で完成させてしまったという事実に驚愕。EQや定位を変えるといったマスタリング作業そのものが不要なのだ。ステージの上でも同様で、自社開発のミキサーやモニターシステムを使用することで素材の純度を保つことを真摯に実践していて、エアーでカセット録りしただけのライブ録音でも圧倒的にクオリティが高い。録音やステージにおいて何が必要で、何が不要かということの再定義と実践。シンプルなことを徹底的にやる、必要なことだけに必要な分の労力を惜しまない執着心。とにかく全てが強力すぎて、いろんなことを思ったのに、何を言ったところで全てが空転してしまいそうな気になる

とはいえ最近の音楽〜という話から「フュージョン」を例に出し、「古いか、そうだなー‥‥ん〜‥‥メタル!」と訂正してしまうあたりに、会場全体とのチャーミングな接点もちゃんと存在するのだ

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まあ、しばらくは消化しきれません

投稿者 umedatetsuya : 2005年11月11日 23:58