2002年11月23日

複雑だ

今日本屋に行ったら、TBSブリタニカから
星野道夫の新しい写真集『星の物語』が出ていた。
今月から来月にかけてさらに『風の物語』と『愛の物語』が続けて出るらしい。
彼の死後、こうした未公開写真を元にした写真集がいくつか出ているけど、
今回出た『星の物語』、ぱらぱらっとめくった感じでは、
写真そのものは相変わらずとてもいい。
星野道夫がそこにいて撮った、その空気が感じられるいい写真ばかりだ。

でも、その写真を選んだのが奥さんの直子さんなのか、
はたまたTBSブリタニカの編集者なのかはわからないけど、
本の構成がその辺の凡百の写真集とあまりかわらない。
最後のページまで見終わった瞬間思った、
「これはあまりいい本ではないな」というのが正直な感想だった。

何故か。

一番の理由は撮影者の星野道夫本人が選んだ写真群ではないから。
北極圏のアザラシの愛くるしい姿と、ホッキョクグマの悠然とした姿が、
本の大半を占めているのだが、
同じような構図の写真が続いているページがかなり多い。
たぶん今まで本人が選んで作った写真集では、
あんなに動物のアップばかりを集めたりはしない。

彼が「動物写真家」ではなく、「アラスカ写真家」と言われる理由は、
動物の写真だけを撮っていたのでなく、アラスカというテーマ、
一つのフィールドに心底魅せられて取り組んでいたからだ。
動物のアップだけでなく、例えば「パッと見には広大な風景の写真」
を撮ったものでも、よく見ると手前の湖にムースがいて水を飲んでいる。
その全体の空気を、アラスカという自然そのものが内包する
山や、木や、動物を、すべて切り取った引いた写真がとても多く、
かつアップの写真と同じかそれ以上の魅力を放っていた。
アラスカのどんなかけらでも集めようと、
人跡未踏の大地に何週間もキャンプを張ったり、
失われつつある神話を求めて奥地の村の語り部に会いに行ったり、
旅人であることさえやめてアラスカに定住し、
そこから見えてくるものを日本に住んでいる人たちに伝えてくれた。

だからなのだろうか。
今日見た写真集は、アザラシやクマがアップになった写真がとても多く、
以前同じ北極圏を扱った写真集「アークティック・オデッセイ」に見られた、
凍てつく大地で暮らすクマが吐き出す白い息に感じられた体内の生命のたくましさや、
向こうまで続く足跡に思い知らされた広大な氷の世界の広がりが、
あまり感じられなかったのが、とても残念だった。

でも、たぶん、それでも喜んでこの写真集をさらに見たいと思うだろう。
それは、星野道夫がアラスカのかけらを夢中になって集めていたのと少し似て、
我々が星野道夫の新作を見られないけれども、
なんとかして彼のかけらを少しでも多く手元に置きたいと思う、
至極当たり前の感情なのだから。

投稿者 いづやん : 2002年11月23日 02:10 | トラックバック
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