『始まりの花』

 ─僕の事を君は覚えているだろうか。

 久しぶりだね、誠(せい)ちゃん。
 長い事会っていなかったね…僕は無難なところにしてしまったけど、進学校なんて僕まで誇らしいや。
 君は変わったね。
 僕は変わらないと誓ったよ、君と別れたあの中学の卒業式から。
 あの時、君に贈った花を覚えているかい。
 造化だけれどね、造化はずっと変わらないだろう。
 青い薔薇だよ、花言葉は、ありえないもの。
 僕は青治(セージ)、君は誠二(せいじ)。 同じ名を持った幼なじみの親友だなんて、それだけで奇跡だ。
 また同じキャンパスで会えるなんてね、これも奇跡だと思っているよ。
 僕はあの日から変革を恐れた。 疎遠になった間に君も変わらない事を望んでいた。
 誠ちゃん。 君は明るいね。 僕と違って友達に不自由しなかったんだね。
 あの青薔薇はすぐに棄てられていたんだね。
 君はきっと気付かない、あの薔薇一輪に込められた僕の希望を。
 薔薇だなんてホモくせぇや、って茶化したね。 僕は笑った。 笑いを、作った。
 けれど心はざくりと斬りつけられた。 踏みにじられた友情の花弁。 君は常に変革を望んでいた。
 うつろいさまよい新しい事に興味津々に飛び付いていった。
 新しい知り合いがたくさん出来ていた。
 僕の…僕だけの親友だと…信じていた…。
 変わらないで、変わらないで欲しかったんだ。
 運命は残酷で。 僕らの根本は違う人種だったんだ。
 君にとって笑顔は軽いもの。 けれど僕にとっては重いもの。
 僕は君のために軽い笑みを作る。 君は軽く笑い返す。
 だけれどその度君の心は僕から離れてく。
 寄るな、群れるな、彼は! 誠ちゃんは僕の僕だけの親友だと! 幼い頃に『笑って』誓ってくれた!
 誠ちゃんは、誠ちゃんは、僕だけの…親友だ…。
 ほら、見てくれよ、僕は笑っているよ、一生懸命笑っているよ、涙を必死にこらえているよ。
 でも君は気づいてくれないんだ。 笑顔は、軽い、ものだから。
 誠ちゃん! 嘘だと言ってくれ、花を棄てた事もたくさんの友達を作った事も、僕の泣きそうな笑顔も。
 どうか、僕の元に。
 今一度─一瞬の幻でもいい、僕の元に。
 青い薔薇を手にして。 僕の胸の中に還って。
 そしてどうか、真剣な笑顔で─幼かったあの日のように『セージは僕の一番の親友だよ』と再現して欲しい。
 僕はキャンパスでたくさんの見知らぬ友人に囲まれ軽薄な笑顔で笑う君の姿が耐えられない。
 苦しいんだ、苦しいよ。 僕は君以外なにも持ってはいない!
 変わらないと誓ったから。
 君の棄てた青薔薇の造化は部屋いっぱい試験管に活けてある。
 これが僕の誓いなんだ、誓いなんだ、変わらないと言う誓いなんだ。
 誠ちゃん─君が、今も好きなんだ。
 君がいなかったら僕は、僕は。

 足元には散り踏みにじられた青薔薇一輪があった。
 心が、痛い─。
 瞳から─心から出ずる血が。 涙がこぼれていた。
『女々しいやつだなっ』
 僕の心の中の君が「笑って」そう言い捨てた。
 戻ってきて、どうか、どうか─幸せだったあの頃のように。
 君が僕の手を引いて駆けずり回ったあの頃に。 悲しい事なんかまだ何一つ知らなかったあの頃に。
 大いなる歯車の狂い、そして─裏切り。
 「変わらない」と誓った僕が間違っていると心の中の君は言う。
 先に青薔薇を踏みにじり未来と変革に進む事が勝ちであり正道だと。
 それでも僕は─変われないままだ。
 梅雨の近付く薄曇りのキャンパス、僕は丈の長い白衣にうずもれて静かに泣いていた。
 この姿総てが、君の嫌いなスタイルだから隠れて泣いた。
 ─それでも君は、時間は、青薔薇は、戻りはしない。
 今はただ、過去に浸りたい、楽しかったあの頃に。
 けれども、楽しかった頃を思い出せば出す程に、僕の傷口はかき乱されて─。

 変わらない。
 僕は…変わらないよ。 あの頃のままでいるよ。
 君が、変わり続けても─僕は君の事が。

 涙は青薔薇の花弁に、二人の、ありえない友情に。
 例え片思いでも、僕の友情は汚いものなんかじゃない。
 変わらない、変わらない、どこまでもどこまでも─。



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